星辰煌煌

 
   
 
―― 1 ――
 
 

   木々が鮮やかな緑に染まり、柳如が雪のように舞う初夏。
―――中華北方世界が最も美しい季節。

鄴都でも人々は暖かな季節の訪れに浮かれ、孩子(こども)たちは蝶を追いかけて走り回っていた。 道端に立つ市も、立て続けに起こる戦乱によってかつての活気はなかったが、束の間の穏やかさに 人々の顔もほころんでいた。

 ―――そして。その市の一画にある小さな茶館の表では、小姐(むすめ)が一心に茶を挽いており、 その横で数人の青年たちが卓を囲んで語らっている。


   「郭嘉殿。袁公にお会いして、如何であった。公(との)は気骨もあれば教養もある。 財力もあれば家柄もいい。天下を制するに値する御仁だと思わないか?貴公が 仕えてくれるというのなら我々も心強い。」


 だが郭嘉と呼ばれた青年は、眉間にしわを寄せてそれに応じた。


「・・・審配殿。貴公らの主君に会わせて頂きながら申し訳ないのだが、俺は袁公に仕えない。」


 審配は意外そうな顔をして何かを言いかけたが、口を大きく歪めた若者が唾を飛ばすほうが 幾分早かった。


 「へえ。好き嫌いの激しい郭嘉先生は、我等が殿の何が気に入らないと仰るんですかね。」


 郭嘉は表情を変えない。


「郭図殿。本当の知恵者とは主君の長所と短所を正確に把握しているものではないのか? それによって、仕えるお方に相応しい献策ができると思うのだが。」


 主君の器も分からないのか。暗にそう言われて、郭図と呼ばれた若者は、眉を吊り上げて 立ち上がった。が、横にいた審配に押しとどめられる。
 郭嘉といえば悠々としたもので、茶杯に手を付けながら言葉を続けていた。


「袁公はへりくだった態度をとって人材を集めようとなさっておられるが、人物を使う機微には 疎くておられるようだ。どうも肝心な所が疎かで決断力がない。俺の策が容れてもらえるとは、 到底思えぬのだ。」


 「―――では。貴公は誰が仕えるべき主君だと思うのだ。」


 今まで黙って聞いていた一人が、ようやく口を開いた。名を田豊という。
 郭嘉は一瞬杯を口に運ぶ手を止めて、考えるようにして宙を見た。


「まだ、分からない。―――だが。俺が真に仕えるべき主君に出会ったならば、次に貴公らと 見(まみ)えるのは戦場(いくさば)になるやもしれぬな。」


 既に郭嘉に集まる視線が険しい。―――田豊がやんわりと沈黙を破る。


「もし戦場で見えるのなら、我々は全力で殿に献策し、貴公の言葉を否定させて頂こう。 それでよいか。」


 郭嘉は田豊の言に頷いて杯を干し、幾らかの茶代を卓の上に出した。


 「待て。今から鄴を出るつもりか。何処に泊まるつもりだ。」


 郭嘉は旅装であるが、刻は既に昼下がりである。日が暮れるまでに一番近い城市 (まち)にすら行き着くまい。野宿をすれば夜盗の餌食である。


 「妓楼。」


 彼は席を立ちながら、平然と応える。郭図がすかさず口の端を上げて攻撃した。


 「素行が悪いと、真の主君に仕官できないぜ」


 しかし郭嘉は背中を向けて、振り返りもせずに歩き出したのであった。


 「孩児回家睡着(口巴)  (子供はおうちに帰って寝てな)。」


 ひらひらと手を振る。がちゃん、と卓がひっくり返る音がして、茶を挽いていた 小姐の短い悲鳴が聞こえた。しかし彼はそれには全く構わず、悠然と茶館を去って いったのである―――。

 


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