建興十二年、冬。蜀軍は秦嶺山脈を越えて関中に進撃、渭水河畔の五丈原で魏と対峙した。
戦況は長期戦へと突入。百日余りのにらみ合いの末、蜀漢丞相諸葛亮はついに討って出る決意をした―――。
血は足元の大地をぬかるませ、屍は山となって戦場を覆っていた。
まさに非情の地獄絵図の中、彼は立っている。近辺の敵拠点を圧し、敵将を討ち取り続け、
ここではもはや彼とその周辺でしか動くものはいない。
魏延は、「双極星」と銘のついた双刀の槍を一振りし、血糊を落とした。とうに息が上がり、
全身を消耗しきっている様子が、傍からでも見て取れる。だが彼の口から、一言の言葉も洩れる
ことはなかった。味方の救援に行くべきなのであろうが、この状態ではいささか心もとない―――。
と、そこへ伝令の兵卒が駆けつける。
「丞相閣下より、東の平地に木牛が到着している、との伝令でございます。補給の薄い部隊は
そこで回復を図れ、と。」
仮面の下の表情は読むことはできない。是とも否とも判断がつかなかったが、慣れているものか
兵卒は一礼して走り去った。魏延は指定の場所へ、自らの部隊を引き連れて向かう。
―――木牛。諸葛亮の、数多い発明品のひとつである。兵士一人一年分の食料を搭載できるという
「流馬」と併用された機能的な運搬車。―――その中を開けて、魏延は自らの体力を回復し、兵士たちにも
中身を分け与える。
だがしかし。彼は木牛のひとつを開けて、目を疑った。孩子(こども)が入っていたのである。
どうやって入り込んだものか。おおかた飢えて盗もうとしたのであろうが―――。